『夢見る人 〜フォスター物語〜』
やりました。
石川県内灘町。
僕が演じたのは、
キラ星の如く才能を開花させ、人生を駆け上っていく若年時代のフォスター。
晩年時代を演じる大先輩、菅原明(スガワラ・アキラ)さんの胸借り、金借り?
無闇にカリカリ。
僕を、この「若年時代のフォスター」に推してくれたのは、
他ならぬ、健さん。
稽古初日は3月17日。
健さんの命日のちょうど一ヶ月後の、まさに初めての月命日でした。
今回の公演の目玉は、
『内灘中学校吹奏楽部との共演』
「アメリカ民謡の父」と謳われ、
生涯作品300曲余り。
珠玉の名曲の数々を綴ったオーバーチュアーを演奏する内灘中学校吹奏楽部は、全国大会ベスト3の精鋭。
本番前日、劇場入りして、吹奏楽部と顔合せ。
稽古テープで聞いていた演奏を、実際に耳にした僕は驚愕しました。
『大人顔負け』なんて言葉は、あまりに無知で無礼。
恐るべき完成度。
完璧!ただひたすらに完璧。
技術の高みを誇示することを、すでに楽々超え、
説明不能な『情感』を突き詰めようとしいる中学生。
もう一度書きます。
「技術の高みを誇示することを、すでに楽々と超え
説明不能な『情感』を突き詰めようとしている中学生」
ウマイ、ウマスギル・・・。
公演の準備として行われる、
前日の慌しい、そういった類のリハーサル。
あまりに完成されたその演奏は、
あまりに易々と、健さんの記憶を偲ぶBGMとなりました。
ボロボロ泣けました。
健さん、どんなにかこのリハーサルを共有したかった。
フォスターの連綿たる珠玉の名曲メドレーは、
驚異的なレベルの演奏に支えられ、
どう禁じても禁じえない「健さんへの鎮魂歌」になりました。
あのオーバーチュアーの試演の間、誰が健さんを思い出さない人間がいただろう。
・・・・・
『フォスター物語』は晩年のフォスターを主軸に、
幸せだった若年時代をフラッシュバック・シーンで織り込んで進行する。
そして、志半ばの死を迎えたフォスターの墓を、
縁の人々が訪れるラストシーン。
どう穿って考えても、
舞台上のフォスターの墓標は、健さんの墓標だったし、
白人と黒人の融和を象徴した大団円のキッカケ、
タクトを振るアキラさんの背中には、健さんが憑り移っているとしか思えなかった。
なんと!60年も前。
東少設立当初に書かれた『夢見る人 〜フォスター物語〜』
の「夢見る人」との表題は、
60年間、本来の意味を眠り続け、
この日のこの公演の為に名付けられたタイトルなのでは、と思った。
夢見る人は健さんであったし、健さんはいつも夢見る人でした。
もうすぐ、4月5日。
健さんの四十九日がやって来る。
7週間。
あまりに計算し尽くされた日数だと思う。
2ヶ月弱。
もう健さんは、いよいよ生まれ変わり、
次の『生』への直前にあるのだ。
例え、今、僕が死んで、黄泉の国にあなたを追っかけたとしても、
そこには、健さん、あなたの残り香しかないのでしょう。
常に先行するあなたの生き様の轍を追うのは止めます。
「内村健治の居ない世界」
アキラさんの背中を使って、その始まりを告げたのならば、
どんな形になるにせよ、
大いに胸を張って、健さんを「卒業」しまっせ。
決して忘れない。
でも、意地張って忘れる。
2008年03月27日
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舞台で、よく逝った人の声を聞くんだけど…
いつも、「よしっ!」って言葉だった。
はっきり、聞こえたのは、アルムじいさんの
室田日出男さんと健ちゃんだけかも…
2人の共通点は、怒鳴る(笑)こと!
(声がデカい)
そして、熱い心を持った人!
そして、不器用な人!
で、泣き虫で、優しいとこ!
酒が好きなこと!
結構、いっぱいあるわね。(笑)
確かに、聞こえました。
カーテンコールで…
よしっ!ってね。
私は、この公演で、改めて…
真寤って、いい役者じゃのぉ〜!と思ったよ。
ありがとう真寤!
ありがとう健ちゃん!!
室田のじいさんと呑んでね〜(笑)