2008年06月25日

劇団エンゼル、和田友子女史推奨


『イワン』
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ご近所在住の、唐十郎氏も通うカックイイお店。
唐氏は、やはり酔っ払ってブチかまし過ぎて、たまに入店をご遠慮いただく場合多数だそうです。

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唐氏気取りにバーボンを呑む、金城氏。
「俺はやはり絵になる」と豪語。酔ってますな。
 
高円寺北口大和通り、駅から歩いて左側。

30年、地元に愛される店 「イワン」

いい酒呑ませてくらはります。
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2008年06月24日

六月二十三日は沖縄慰霊の日

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こんな日に、沖縄のことを書くと怖い。

ネットは、なかなかどうして・・・怖い。



しかし 、ひとつ、今日みたいな日にテレビを見てて、どうも気になるフレーズがある。

「旧日本軍」


旧日本軍とは誰のことなんだろう。

僕は即座に、沖縄・平和の礎の隣=平和祈念館?の展示ブースにあった、
『ガマ内での集団自決』を思い出す。
超リアルな蝋人形。
その「旧日本軍」兵士の表情は凄まじい。
直視に耐えがたい鬼の形相で、ガマ内の一般(沖縄)市民に手榴弾を押し付け、
自決を強要しえいる。
このブースは本当に見ていられない。

そして、もう一つの「旧日本軍」

二年前、旅巡業で、鹿児島を2週間廻った。
オフ日、知覧の特攻隊祈念館に行かせてもらった。
「野辺の花、召し出だされて櫻花」
二十歳そこそこの隊員の謡った辞世の句。
書は、高名な書道家か?見紛う達筆。
そして館全体に漂う「特攻隊員の高潔」・・・


『旧日本軍はどちらなのだ?』

多分、答えは「両方」ということになるのだろう・・・・と思う・・・。




・・・僕は 『旧日本軍』 などという括りで総括しえる人間などいないのではないかと思う。


と、こう書くと沖縄での「集団自決の強要」という話になる。
僕は個人的には「集団自決の強要は事実あった」と思う。

そしてまた思う。

「集団自決の強要」の「あった」or「なかった」議論の本当のバックボーンは何なのかと?

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2008年06月21日

『てれすこうぷ大明神』

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僕がお世話になっている 「劇団 エンゼル」 の最多公演作品。


上演回数既に数千回。

劇団四季にかて負けてまへんで!!^^)V

僕も最初は客席から拝見。

数年後、出演するようになって、
また数年。

先月末の公演から、主役の泥棒コンビの一人
凹太=ヘコタ
をやらせて頂く運びと、めでたく?相成り候な次第でございます。

相方凸兵衛=デコベエをやっていただくのは須藤治雄さん、ハルさん。
骨の髄、髄の細胞核、もっと辿って前世から役者だったような人です。

文字通り、 凸凹

全くのキャラ違いの二人は、江戸時代の泥棒。

代官屋敷の千両箱、背中に担いで大立ち回り。
小判ばら撒き、「美味いもん食いなっ!!」

そんなある日、
偶然ぬすんだ「遠眼鏡」


『なんでも・・てれすこうぷ・・とかいいやして』

見えてきたのは、村のみんなのホントの苦しみ・・・


『あの若けぇのが死んじまうかも知れねぇんだぞ!!』

そこで二人は考えた。


『こんなオイラ達にもなんか出来る事がねぇのかよ?ってよ・・・』

『仲間ですよアニイ!まず仲間を集めなくちゃ!』

集めた仲間は・・・なんと    熊 

てな具合で、話が進みます^^)


で、今年の「夏フェス」って、
渋谷の児童会館ホールで毎年やってる夏休みの「児童演劇フェスティバル」に、
エンゼルは今年は「てれすこうぷ大明神」で行こう、という次第。

8/6

です。

でも、他にも7/19〜8/10まで渋谷・児童会館は芝居三昧です。


子ども達よ!!観に来てくれ!!
お父さん・お母さん、おばぁチャン・おじいチャン!我が子と、孫と、芝居、どうすか!?


「誰でもよかった・・・」なんてセリフが、もはや聞き飽きる昨今、
絶対「てれすこ」見てください。

勝ち負けちゃう、心やで。
金やない、心やで。
一人やない、皆やで。
わかったような気やのうて、  「胸いっぱいのキボウ」






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2008年06月03日

築地魚河岸三代目

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地上、いつもの視点では感じ得ないものが、高いとこにはある。

自分がチッポケに思える、なんてのはショーモナイ。
自分がチッポケなら、みんなチッポケだ。

でもやっぱし、このデッカイ東京で俺はチッポケだ。

落ち込むことは意味がない。
後悔に費やす時間は大概、時間の無駄。

だけど、ある風景がふと清涼剤のように感じる時もある。

ならば、俺はやっぱり落ち込んでいたんだ。

スガシカオの唄の一節。

『♪〜悲しみ押し付けて、日々が過ぎ〜る♪』

ストレス解消主眼な日々が続くと、それ自体がさらに自分を追い込む。
まさに自業自得だ。

だが、妙な楽観主義が人を楽にさせることはない。

多分、これからも僕は色んな事を他人のせいにし、
無駄に酒を飲んで暴れ、そして自己嫌悪を繰り返すだろう。

だが、しょうがないんだ。
本当にハッピーな人なんかがこの世にいるだろうか。

それでも生きていく。
別に、それをギャクギレ的に肯定していないなら、
それほど断罪される筋合いもないだろう。

またボチボチ、ブログでも書くか・・・。
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2008年03月27日

スティーブン・フォスター、ってご存知すか? 「スティーブン・フォスターってご存知すか?

『夢見る人 〜フォスター物語〜』

やりました。
石川県内灘町。

僕が演じたのは、
キラ星の如く才能を開花させ、人生を駆け上っていく若年時代のフォスター。
晩年時代を演じる大先輩、菅原明(スガワラ・アキラ)さんの胸借り、金借り?
無闇にカリカリ。

僕を、この「若年時代のフォスター」に推してくれたのは、
他ならぬ、健さん。

稽古初日は3月17日。
健さんの命日のちょうど一ヶ月後の、まさに初めての月命日でした。

今回の公演の目玉は、
『内灘中学校吹奏楽部との共演』

「アメリカ民謡の父」と謳われ、
生涯作品300曲余り。
珠玉の名曲の数々を綴ったオーバーチュアーを演奏する内灘中学校吹奏楽部は、全国大会ベスト3の精鋭。

本番前日、劇場入りして、吹奏楽部と顔合せ。
稽古テープで聞いていた演奏を、実際に耳にした僕は驚愕しました。

『大人顔負け』なんて言葉は、あまりに無知で無礼。
恐るべき完成度。
完璧!ただひたすらに完璧。
技術の高みを誇示することを、すでに楽々超え、
説明不能な『情感』を突き詰めようとしいる中学生。

もう一度書きます。
「技術の高みを誇示することを、すでに楽々と超え
 説明不能な『情感』を突き詰めようとしている中学生」


ウマイ、ウマスギル・・・。


公演の準備として行われる、
前日の慌しい、そういった類のリハーサル。

あまりに完成されたその演奏は、
あまりに易々と、健さんの記憶を偲ぶBGMとなりました。

ボロボロ泣けました。

健さん、どんなにかこのリハーサルを共有したかった。

フォスターの連綿たる珠玉の名曲メドレーは、
驚異的なレベルの演奏に支えられ、
どう禁じても禁じえない「健さんへの鎮魂歌」になりました。

あのオーバーチュアーの試演の間、誰が健さんを思い出さない人間がいただろう。

・・・・・


『フォスター物語』は晩年のフォスターを主軸に、
幸せだった若年時代をフラッシュバック・シーンで織り込んで進行する。

そして、志半ばの死を迎えたフォスターの墓を、
縁の人々が訪れるラストシーン。

どう穿って考えても、
舞台上のフォスターの墓標は、健さんの墓標だったし、
白人と黒人の融和を象徴した大団円のキッカケ、
タクトを振るアキラさんの背中には、健さんが憑り移っているとしか思えなかった。

なんと!60年も前。
東少設立当初に書かれた『夢見る人 〜フォスター物語〜』
の「夢見る人」との表題は、
60年間、本来の意味を眠り続け、
この日のこの公演の為に名付けられたタイトルなのでは、と思った。

夢見る人は健さんであったし、健さんはいつも夢見る人でした。



もうすぐ、4月5日。
健さんの四十九日がやって来る。

7週間。
あまりに計算し尽くされた日数だと思う。

2ヶ月弱。

もう健さんは、いよいよ生まれ変わり、
次の『生』への直前にあるのだ。


例え、今、僕が死んで、黄泉の国にあなたを追っかけたとしても、
そこには、健さん、あなたの残り香しかないのでしょう。

常に先行するあなたの生き様の轍を追うのは止めます。

「内村健治の居ない世界」

アキラさんの背中を使って、その始まりを告げたのならば、
どんな形になるにせよ、
大いに胸を張って、健さんを「卒業」しまっせ。


決して忘れない。
でも、意地張って忘れる。
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2008年02月25日

健さんが逝って一週間が経った。

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二月十七日が命日だった。

健さんは、朝早く三時前に逝った。

僕が、病院に着いたのは九時過ぎ。

健さんは霊安室に居て、
天井を見つめてた。

逝ってしまう直前の10日間の間に、
二度、夜間、病室に泊まって付き添わせてもらう機をもらった。
生前からの縁もあって、入棺する直前に会わせてもらえたのだ。

健さんは、本当に色んな事を教えてくれた。
メイクの仕方から、立ち位置のとり方、美味い焼酎、面白い台本、
楽屋での立ち居振る舞い方・・・。
今、僕が世話になっている素晴らしい役者・スタッフさん達とのトリモチをしてくれたのも、健さんだった。

僕は実家が寺で、一応、修行もして僧侶免許がある。
健さんも、仏教に造詣が深くて、
酒飲んでそんな話を沢山した。

こんな言い方すると、何だけど、
「魂が肉体を離れるという事実」を、また最期に教えてくれた。

僕は中学時代に祖母の死に接して以来、
亡骸に手を触れることが出来るほどの近しい人の死に会わなかった。

霊安室で健さんのオデコを、髪を、頬を、撫でさせてもらった。
ビクッと手を引っ込めそうになるほど冷たかった。
硬かった。
直感した。

「ここに健さんは居ない」

何となく・・・壁の上限、天井との接点あたり、
中空に目をやった。そしたら、

その後葬儀の遺影に見た、『あの』健さんの顔が、
「へへへ・・・どうだ?分かったか?」と悪戯っぽく笑っていた。

「お前、坊主だろ?
 そのくらい分かってないと恥ずかしいだろ?」、と。

また・・また!!
教えてくれた。



健さんとはホントに色んな話をした。

健さんと僕が話したことが間違っていなければ、
健さんは今、
『中有」(ちゅうゆう)或いは『中陰』というところに居て、
次の転生先を選んでいる筈。
さまざま説はあるが、49日目に「閻魔大王」に会う。

健さんは生前から、そんな知識は山ほど持っていた。
だから・・・

「おい!シンゴ!
 話してた通りだぞ!!」
とか、

「本に書いてあったのは、全くのデタラメだ」とか何とか、

僕じゃなくても誰かに話したくてウズウズしているはずだ。

違う?健さん!

健さんと話したのは、もちろん仏教の話だけじゃない。

想い出深いのは、
岡部耕大さん作の『断崖絶壁』という台本の話だった。

自殺の名所の断崖絶壁で出会った、
若い神父と自殺志願の中年男とのやり取りを、笑いもふんだんに、
シニカルに、情熱的に、練られたセリフで描いた二人芝居だった。

健さんは「いつか俺とお前でやろう」と、
全文掲載の「セリフの時代」という雑誌をくれた。

夢中で読んだ。
最高だった。
健さんと二人で立つ板を夢に描いて、酒が最高に美味かった。

健さんが最初に入院した時、
「今、岡部さんの戯曲集、読んでます。
 初演のキャストデータに健さんの名前発見しましたよ」と笑って話した。

でも、
「健さん、何か読みたい本あったら買ってきますよ」って言ったら、

首を振って、

筆談ノートに
『本を読めるのは、未来が感じられる人間だけだ』と書いてうなだれた。


だけど、そんな話だけじゃ勿論ナイ!!!

『健さん』という人を、僕が僕の中で決定付けているエピソードがあった。

もう七年か八年ほども前。
僕がやっと役者でお金を貰えるようになった頃。

「星空に吠えろ!トランペット」という作品で、
その稽古場で初めて健さんに会った。
健さんは(皆さん、分かるでしょう?)年下で、その現場の新参者である僕に、声を掛けてくれた。
僕は一瞬で健さんを好きになった。

健さんの存在は稽古の間中、僕を助け、癒してくれた。
プレッシャーの中、明日の稽古に行く気持ちの余裕をくれたのは、
「稽古場に行けば健さんが居る」という事実だった。

そして本番が来た。

僕が「健さんにすがり付いて泣く」というシーンがあった。

僕は健さんに思いっきりすがりついて、健さんのお腹にズッポリ顔を埋めて、心行くまで芝居した。

・・・

そしたら終演後、健さんが言ってくれた。

「気持ちは分かるが、
 あそこまでやるとお前のメイクのドーランが俺の衣裳にベッタリ付い ちまう。
 やるなら、お客さんの見えないほうの手を俺の腹にくっ付けて、
 その上に自分の顔を付けろ。
 
・・・衣裳を洗う人の事を考えて芝居しないとだよ」

ビックリした。

全くない考えだった。

・・・なるほど。

その日の2ステージ目。

同じシーンがやってきた。

僕はバッチリ!!自分の掌を健さんのお腹に当て、
その手の甲の上に頬を載せて芝居した。

次のセリフは健さん。

『坊ちゃま、・・・ドウノコウノ云々』

そのセリフの冒頭の「坊ちゃま」に僕は期待した。
その「坊ちゃま」の音声の中の数パーセントは、
「シンゴ」な筈であり、
その「シンゴ」の音声の中には、
(チャント、デキテルナ、オマエ)がホンのわずかでも含まれている筈。

実行と褒美への期待。

僕は立て膝で、健さんの両脇を抱きしめたまま、
頭をこれでもか!と自分の背中側に倒し、健さん顔を見上げた。
いよいよ・・

「坊ちゃま・・」

その瞬間・・・


真っ白な『米粒』一粒、
健さんの口から、ツバのきらめきとともに飛び出し、
僕の頬をかすめて通り過ぎて行きました。


・・・??????・・・・
・・・!!!!!!・・・・


その刹那!!
健さんの眼球は、米粒の描くゆるい放物線を追っかけていました。

僕も、僕の視界の額縁をあっという間に通過する米粒を見ました。

そして0.5秒後、健さんと目が合いました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・:(0.1秒の感情交換)

そして健さんは「何事も無い」の体で続くセリフ、

「坊ちゃまが欲しかったのは、
 ラッパなんかじゃなくて・・・」

を言いました。

しかし僕はそのセリフの間中、
健さんが、「もしや!?もう一粒!?」と、
舌で口中をチェックしまくっているのを目撃したのです。

・・・終演後。

聞けば、そのシーンの直前の直前まで、
楽屋でおにぎりをモグモグ食べていたそうです。

ははは!!!あーはっはっは!

健さんは「おにぎり」を告白して、
グヒヒ!!と自慢のアゴ髭をポリポリ掻きました。

・・・そういう人でした。
本当に、可愛い、愛すべき、愛される人でした。




葬儀には本当に沢山の人がお出でになりました。

人気者でした。

ホントに沢山の人を愛して、沢山の人に愛された人でした。
そして沢山怒っていたし、沢山怒らせていました。
そして沢山笑って、笑わせて、
いっぱい泣いて、泣かせてました。

振幅の大きい人でした。

酒飲むと理屈っぽい時もありました。


だけれど、
何よりも、その全てを凌駕したのは、

あの笑顔でした。
あの声でした。
あの背中でした。
あの黒いジャケットでした。


そして、あの『眼』でした。


『愛嬌』と言うのは元々、仏教用語で、
菩薩の顔に現れる「慈悲深い形相」を指します。


そう想えば、
健さんは菩薩様だったのかもしれません。



2月17日、この世に亀裂が入って、
皆、「内村健治が居ない世界」を生きていくことなりました。

健さん、アナタの居ない世界ってどんなだろう?
まだ、分からないです。

分かっているのは、
僕が、まだしばらくはその世界を僕が生きていかなくちゃならない、という事実。

健さん、今こそ聞きたいことが山ほどある。

・・・だけれど、あんなにオシャベリだったアナタは今こそ沈黙を守る。

きっと、かつてアナタも辿ったであろう日々を僕も送っていく。


ありがとう、健さん、ホンマにありがとうございました。

そして、これからも暫くよろしくお願いします。
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2008年01月17日

チョットした想いが、チョットした幸を運ぶ。

の、だなと・・・。

ここ数年、一年に一回年賀状だけのやり取りを続けていた、
10年前の「俳優養成所」時代の旧友と再会することが出来た。

と言って、何か特別な計らいがあったのではなく、
彼女がくれた年賀状の返事に、
ほんの少し、「想い」をのせただけのこと。

ホントに逢えたらいいなぁ・・・

と思ったから、そういう風に書いた。

そしたら・・・逢えた。


で、別件。


先日、チョットした想いがあって、
「鎌倉文学館」に行ったことは書いた。

すると、そのことで、
ある人と、凄く以外に話が盛り上がった。


チョットしたことがチョットした幸を呼び込む

悪くない。
posted by 真寤 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月12日

小林 大吾?

今日たまたまラジオを聴いていた。


スゲェ奴にぶち当たった!!

小林 大吾 (?)

途中から聴いて、兎に角名前だけ頭にぶち込んだ。

もうすでに人気ある人なんでしょうか?
だとすると、「今更!?」になっては少々恥ずかしいが。

字、合ってるかな? 小林大吾。
ラジオだったもので。
ネットで見る限りではこの人だ。

ウォ〜!!CD買うぞ!!
(違う人だったらどうしよう・・・)
posted by 真寤 at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

『終南別業』へ赴く。

三島由紀夫の小説、『豊饒の海:第一部 〜春の雪〜』

で、
主人公:松枝清顕(マツガエ キヨアキ)が一夏を過ごす別荘、

『終南別業』

モデルになったのが、現在の「鎌倉文学館」

元を糾せば、
「加賀百万石藩主:前田利家の系譜、前田公爵家の鎌倉別邸」
ということらしい。


mon.jpg


劇中では門の石柱に「終南別業」の表札がある筈だが、無い。


nansyuu-syoumen.jpg


こんな処に、ろくに仕事もしないで住んでいた階級がいたということですね。


kiyo-umi.jpg


「清顕」がみた景色。

鎌倉の海。

三島由紀夫の微に入り細にわたった描写で、
初めて見た気がしない。

読中感、そのままの景色がある。驚く。


建物そのものは前述の通り、今は「文学館」。
鎌倉ゆかりの文士の資料
(直筆原稿やらプライベート写真やらといった類)を、
常設展示と期間限定展示モノで公開する施設。

ソウソウタル!!メンツの資料。

川端康成、小林秀雄、中村光夫、芥川龍之介、有島武郎、和鏡花、
島崎藤村、高浜虚子、夏目漱石、与謝野晶子・・・。

ズラリと並ぶ直筆原稿。

小生も大阪での一人語りで二度挑戦している芥川の「蜘蛛の糸」の原稿を見たら、ジワリ・・・感じるものがありました。

原稿用紙に、「特別に達筆でもない字」で書かれた


『或日のことでございます。お釈迦様は・・・」

の書き出し。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

子どもが誤字を訂正したような、万年筆での「グリグリ」な塗りつぶし
、加筆・添削の跡・・・。

おぉ!
芥川をして、この「普通」!
文学の大御所をして、小生にさえ解り得る、この「普通な添削」!!
普通な「グリグリ」!!
普通な「字」!!

大家・天才が、そうなるまでに辿る「普通」
・・・・・。
そんなんが見える展示でした。


明日も晴れろっ!!
posted by 真寤 at 02:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

明けましておめでとうございます。

年末〜正月の帰省、正月遊びも過ぎ、
今日から小生のホントに2008年の始まりです。

ブログの一つも書こうかという気にもなりました。

時間の節目は不思議なモンだな、と思います。

暦が替わっても、自然界の運行そのものには一つの『線』があるわけではなく、
大晦日、元旦の境目で天使がラッパを吹いてくれる訳でもない。

しかし、何か「節目がついた」様な気がする。


『さて、本格的2008だ』

と、外に出た小生の目に映ったのは、
心なしか新鮮な太陽と空気、
そして再びやる気を取り戻したように見える木々でありました。

「新春」という。
やはり、歳の変わり目にはもう次の春が動き始めているんでしょう。

変なニヒリズムは不必要だ。
恥ずかしげも無く、新鮮な気持ちになればよい。

ブログだって書けばいい。
変な誓いを立てたりしようか!?
「今年中に180センチまで背を伸ばす!!」

サムイ。

でも何か、何か・・・出来そうだ・・・。



皆様の、そして小生の今年が良きものになりますように。
まずは夢見て、祈って、朝起きるところから。
posted by 真寤 at 01:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月16日

三池タカシ監督

.

自転車で10分でシネコンに行けたなんて・・、知らなかった。

ちょいとチャリで映画鑑賞。

クローズZERO

漫画原作の三池作品。
面白いなぁ〜!!

三池作品は小生、ド素人。

ちと前に観たのが『ジャンゴ
これが最高だった。

janngo.jpg

理屈なし。
オモロイ。
posted by 真寤 at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月03日

おっとっと、また、ディカプリオ様。

departed.jpg

『ディパーテッド』

元映画は香港モノだったと思う。
それも観たんですがね、ちゃんと映画館で。
記憶が少々薄い。それはタイトルは・・・?
「インターナル・アフェア」?「インモラル・アフェア」?
忘れております。
アンディ・ラウとトニー・レオンか誰かだったかと。

極めて単純化すれば、
「警察に潜入したマフィア」と「マフィアに潜入した警察官」
の話。

デカプリオは好きです。かなり。
髭づら、嫌いじゃありません。
映画センスもやはりアカデミー作品賞取っただけ、凄いナイスセンス。

加えて面白かったのは、
前述の香港映画では、
二人の主人公がそれぞれに、
「潜入」生活への『道徳的煩悶』を抱え、マフィア青年が警官の上司に、覆面捜査官がマフィアの親分にそれぞれに親近感を感じ始め、
そこでの逡巡がそこここに挟まれていたように思う。
しかし、ハリウッドにはそこはない。
ただひたすらに、「緊迫するそれぞれの二重生活」でんな。
映画としては単純化されて、観易く分かり易いが・・・、
そこだけじゃねーべ???と思うのもまた観客心理。
同じ台本(違うけど)を使っても、
東洋と西洋とじゃ、仕立て上げ具合が随分違うもんじゃ、と思うのです。
posted by 真寤 at 02:22| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月30日

BLOOD DIAMOND

blood diamond.jpg

随分久方ぶりに日記です。

映画観ました。

『ブラッド・ダイアモンド』

好きやなぁ〜エドワードズウィック。
いつもええわ〜^^)
「男」やわ。


細かい内容はネット上には死ぬほどレビューがありますから、
置いておいて、

今更、言わずもがなですが、
全ての事象には「裏側」があって、
舞台の表方と裏方のように、それは一体。不離。

この映画では「ダイヤモンド」

少し知ろうとすると見えてくる。

誤解を招く言い方かもしれないが、
近頃、「裏」が見えた瞬間に『今更のように』大騒ぎになる事柄が多いように思う。
「ポジ」には常に「ネガ」が要る。

慣例化した悪習を擁護するつもりはありません。

しかし、まず「蛇口をひねれば水が出る」時に、
これはそんなに当然じゃないな・・・と、ふと思う想像力は大事だなぁ、と思うのであります。
posted by 真寤 at 02:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月07日

韓国版『ラマンチャの男』

ramantya.jpg

先日、青山劇場にて観劇。
役者稼業をやっておりながら、いわゆる有名輸入ミュージカルを見るのは初めて。
勿論、ご縁で「タイタニック」やら「ダム・ヤンキース」やら・・・
は拝見しましたが、
「ラマンチャ」ですからね、
歌舞伎で言えば「助六」、バレエで言えば「白鳥の湖」ってとこでしょう。
そして韓国語。
いろんな楽しみ満載。

客席は満席。
いわゆる「韓流ブーム」の思い込みからか、何となく熟年?女性が多いような気も。
ま、しかし素晴らしいこと、満席。
マスコミでの宣伝は殆どお目にかかってないのに、満席。
「超有名」じゃなくても、演劇公演が立派に成立しているということですな。
席は最高!!ど真ん中、センター!!
招待なのにすいません。

緞帳は、あき緞。
すでに役者が舞台上をウロウロ。
しかし明かりが暗いので、殆ど見えない。
その時点でかなりいい感じ。
かなり飾りこまれたセットが、目を凝らすと見えるような、見えないような。
ナンカスゲエゾ・・・。
10分程遅れて開演。
オーバーチュアー聞きつつ、遅れたお客さんも入場。

ゆっくり入る明かりに、素晴らしい歌声。
ベタな振り付けだが、かなりレベルの高いダンスにて幕開き。
段々と見えてくるスゲェ舞台装置。
幕開きは最高。
「ガツン・・・ガツン・・・」と靴音をたてて階段を下りて来る
セルバンテス。

くぅ〜〜!!!!!!
カッコエエ!!

カッコエエ!!!


・・・で、ここからこの芝居がいかにスバラシイ!!かを
書くべきなんですが、それを書いたら来週まで掛かる!!んです。

観劇体験の素晴らしさを伝えるのは本当に難しい。

もしこれを読んでる方の中で、見た方!?
ですよね!?分かりますよね!?
あれですよね!?ミュージカルって!?


終演後は、劇場総立ちの

スタンディングオベーション

でありました。
コアなファンの楽屋オチ的なものではありません。
マジなスタンディング〜でありました。

まるでロックコンサートのよう。

小生も恥ずかしながら、我慢できず、
「フゥ〜〜」♪と、ハードGAY風の雄叫びにて賛辞を送る羽目になりました。


凄い芝居って、いっぱいあるんすね、皆さん。

韓国ラマンチャは僕の人生を変えました。

あの日以来、何かあると、
セルバンテスが出てきて、全ての瑣末な事までの判断に口を出すのです。
困ったもんです。

でも、それが演劇なんです、音楽なんです、絵なんです、彫刻なんです、映像なんです、写真なんです、建築なんです、宗教なんです、文学なんです、誌なんです、言葉なんです、
思想なんです、酒なんです煙草なんです・・!!!



公演したのは韓国の「ODミュージカルカンパニー」なる団体。

来年も来るそうです。
また別の作品で。

楽しみ楽しみ!!
味わいましょう、演劇が「酒」に変わる瞬間を。
posted by 真寤 at 01:20| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月30日

眠れる森、千秋楽。

aozora.jpg


の朝、開演直前の楽屋口から見上げた空であります。

二年目、二年目と内輪では言いますが、
昨年の三越初日からだと、一年と三ヶ月くらい。
顔合せからしても+一月半位のもの。

やはり終わってみればあっという間。

ホントに素敵な仲間達に恵まれた公演でありました。

千秋楽2DAYSの公演では、
王女様の目覚めのシーンで子供達の大歓声と大拍手!!
舞台上のこちらがその拍手に感じ入って、
涙ぐむ次第でありました。

そして!今回の公演のご縁から
また近く新しい作品に参加できる事となり、
来月、来来月と本番で忙しく出来そうです^^)
アリガタヤ、アリガタヤ!!

11月にはまた、大阪で『一人語り』やります。
演目は・・・
ふふふ^^)オモロイやりまっせ。


しかし↑のそら、まるで昨年の名画。
「ブロークバック・マウンテン」のようじゃありませんこと?
ホントに美しい宮城の青空でありました。
posted by 真寤 at 00:37| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月25日

眠れる森〜静岡公演

今年の『眠れる森〜』ツアーもいよいよ終盤。

明日出発の宮城2DAYSは買い取り?ゆえ一般公開はないとのこと。

昨年の夏から追っかけていただいていた皆さんとのお別れ?公演でありました。

毎回、地方遠方にも関わらず、
駆けつけていただき、本当に有り難うございました。

最初は、小生の相手役/沢井美優女史を通しての出会いでありました。

しかしそれをご縁に、いろいろと声を掛けていただき、
やはり、役者はいろんな方の目に晒されてナンボの仕事。

大変、励みになりました。
本当に有り難うございました。

芝居の仕事は、いつも『出会いと別れ』をすごいスピードで繰り返します。

今回もそうですが、いつも感謝です。

明日からの宮城もがんばりマッシュ!!
posted by 真寤 at 01:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月01日

明日から福島にて、大田省吾作品。

tizu.jpg

明日、福島県の2週間公演に出発。

明日は、移動〜仕込み〜軽い場当たり(〜飲み??)

常に『役者の肉体』を信じ、鍛え、
それこそを「演劇の武器」と唱えた作家。

今日の最終稽古も、諸問題あった割りに意外と「まぁまぁ」か?

大田先生!(?)
「はじめに〜」やりますよ、今年もまた。

あちらに逝かれる前に一度ご覧いただきたかった。
一体、どう仰ったでしょうかね。
posted by 真寤 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月29日

眠れるお岩木山

oiwaki.jpg

今年も、「眠れる森の美女」廻っております。

が、昨日で一段落。

小生は明日からは別作品の稽古。
「はじめにみえたもの」

写真は青森公演の帰り道。
立ち寄ったコンビニから見えた岩木山。

「おいわきやま」


と、呼ばれるのだそうです。

皆、見入ってしまいました。

また、津軽に行けたらいいなぁ。
posted by 真寤 at 20:46| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

思わぬ贅沢

hanabi.jpg

近所で、ちょっとビックリするような花火。
夏の夜。
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2007年08月15日

納涼「眠れる森」

bonnmaturi.jpg

ちょいと前の写真を一枚。

「眠れる森〜」のメンツで新宿の盆踊り祭りに、
納涼飲み会いたしました。

色んな人写ってます。
posted by 真寤 at 00:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする